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月岡耕漁Hagoromo, from the series "One Hundred No Dramas (Nogaku hyakuban)"
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月岡耕漁の《能楽百番 羽衣》は、衣を返してもらう代わりに天女が舞う、能「羽衣」を描いた一枚である。大正11〜15年(1922〜1926年)に刊行された能楽百番のうち、最初の年の図に当たる。
三保の松原で漁師の白龍は衣を見つけ、国の宝にしようとする。天女が、衣がなければ天に帰れないと嘆くと、舞を見せることを条件に返すと決める。天女が先に衣を返してほしいと頼むと、白龍は、返せばそのまま帰ってしまうだろうと疑う。天女は、疑いは人間にあるもので天に偽りはない、と答える。衣を着て舞った天女は、富士山の高嶺へ昇り、霞の中に消える。
能楽百番では舞台の建物を省き、主役を大きく描いた。右下の団扇形の枠は大黒屋の版元印で、「東京」「大黒屋」と読める。耕漁は明治30年(1897年)の能楽図絵でもこの曲を描いた。肉筆では1901年に描いた後、1902〜1919年にさらに5回取り上げたとされる。
Artist profile

月岡耕漁
月岡耕漁(1869〜1927)は、日本で初めて能の舞台を専門に描いた画家とされる。義父は浮世絵師の月岡芳年で、大黒屋(松木平吉)から出した能の木版画の連作が代表作となった。 東京・日本橋の旅籠屋に生まれ、本名は羽生弁之助。12歳から、横浜で輸出品を扱う伯父のもとで陶器の絵付けを学んだ。母の泰は明治17年(1884年)に芳年と結婚した。
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