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小林清親武蔵百景之内 品川見越ノ月
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「武蔵百景之内」は、小林清親が明治17年(1884年)に刊行した東京名所の揃物である。百景と題しながら、確認されているのは34図にとどまる。縦長の画面と描く場所の選び方から、初代歌川広重の「名所江戸百景」を踏まえたと指摘されている。光と影で東京を描いた「光線画」は明治9年(1876年)から14年にかけての仕事で、この揃物はその後に出た。
「見越」は、隔てている物の上を越して向こうを見ることをいう。品川は東海道の第一宿で、海側の座敷からは品川沖が見晴らせた。明治5年(1872年)の宿駅制廃止と鉄道の開通で、宿場の役目はすでに終わっていた。
左下の刊記には「画工 小林清親」「出版人 小林鉄次郎」とある。署名は号の「真生楼」に「清親」と続く。この摺りは、ケイト・S・バッキンガムがシカゴのシゲヒサ・モリから昭和11年(1936年)11月23日に買い、同じ日にシカゴ美術館へ寄贈した。
- Work Type
- Technique
- 木版多色刷/大判
- Year Created (image)
- 1884
- Dimensions
- 35.6 × 23.8 cm
Artist profile

小林清親
小林清親(1847〜1915)は、ガス灯や月明かりに照らされた明治の東京を描いた浮世絵師である。輪郭線をほとんど使わず、光と影を捉えた木版画は「光線画」と呼ばれる。 江戸本所御蔵屋敷に下級役人の子として生まれ、幕臣として伏見の戦いに参戦した。幕府が倒れると静岡へ移り、住居や職業を転々としたのち、明治7年(1874年)に上京して画業に専念した。
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