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三代目歌川広重Arashiyama, Kyoto (Keishi Arashimine)
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京都の嵐山を描いた小品で、画面の題は「京師 嵐嶺」と読める。「京師」は京都を指す。シカゴ美術館は、貼交(はりまぜ)の一枚から切り離した断片として記録している。
下に架かる橋は、嵐山の麓を流れる大堰川の渡月橋と読める。亀山上皇が、曇りのない月が渡るように見えるとして名づけたと伝わる橋である。斜面の木にある赤い点は、花にも紅葉にも見える。嵐山は平安時代から紅葉の名所で、13世紀に後嵯峨上皇が吉野の桜を移してからは桜の名所にもなった。
誰の作かははっきりしない。署名はなく、朱の印「立斎」があるだけだ。立斎は初代も二代も号とし、三代も明治の錦絵に「立斎 廣重筆」と署名した。シカゴ美術館は三代の作とするが、記録に根拠は示されていない。この一枚は、シカゴのフレデリック・ウィリアム・ガーキンの遺産から、1938年に続き番号の小品とともに館へ入った。同じ一群のほかの小品は、すべて初代広重の作とされている。
- Work Type
- Technique
- 木版多色刷/貼交断片
- Dimensions
- 22.7 × 7.9 cm
Artist profile

三代目歌川広重
三代目歌川広重は、自分では「三代目」を名乗らなかった絵師だ。初代広重の名を継いで「二代広重」と称し、明治の東京や横浜に現れた汽車や煉瓦街を錦絵に描いた。鉄道の開通を描いた錦絵の数は、絵師の中でいちばん多いとされる。 天保13年(1842年)、江戸の深川に船大工の子として生まれ、寅吉と名づけられた。
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