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歌川国貞(三代目歌川豊国)

歌川国貞(三代目歌川豊国)

うたがわくにさだUtagawa Kunisada / Utagawa Toyokuni III
200 Artworks

幕末の江戸で「浮世絵師」と言えば、まずこの人を指した。歌川国貞(1786〜1865)、のちの三代目豊国。生涯の作画量は一万点をゆうに超えるとされ、質はともかく量において、浮世絵史上に並ぶ者はいない。本所五ツ目の渡船場の株を持つ家に生まれ、十代で初代歌川豊国に入門。若くして役者絵の似顔の巧さで頭角を現した。

真骨頂は役者絵である。文化・文政期の細面の色気から、天保以降の恰幅のよい大顔まで、国貞の似顔は半世紀にわたって歌舞伎人気の体温をそのまま記録し続けた。《助六由縁江戸桜》の七代目團十郎、死絵で送った八代目——役者の生も死も、国貞の版木を通って江戸中に届いた。美人画では、遊女の理想像ではなく、湯上がりや化粧中の町の女の「当世風」を好んで描き、《星の霜当世風俗》のような揃物に結実する。

天保15年(1844年)、還暦を前に二代目を飛ばして「三代目豊国」を襲名(自称は二代)。歌川派の総帥として、歌川広重と組んだ《双筆五十三次》、歌川国芳・広重との《小倉擬百人一首》など、スター競演の企画物も仕切った。柳亭種彦の合巻『偐紫田舎源氏』の挿絵は空前の当たりを取り、「源氏絵」という一ジャンルを生む。

慶応元年(1865年)、79歳で没。門下からは国周・国明ら多数が育ち、その系譜は明治の芳年系と並んで近代日本画の役者絵・美人画に流れ込んだ。多作ゆえに永く「量の人」と見られてきたが、初期の役者大首絵と晩年の豪奢な三枚続は、近年評価を上げ続けている。

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