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前川千帆

まえかわ せんぱんMaekawa Senpan
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「あわてものの熊さん」――大正の新聞をひらくと、そそっかしい熊さんがまた何かをしくじっては、読者を笑わせていた。その描き手の前川千帆(1888〜1960)は、京都に生まれた石田重三郎という青年で、はじめから版画家をめざしていたわけではない。

関西美術院で浅井忠と鹿子木孟郎に油絵を学び、上京して北沢楽天の東京パックや読売新聞で漫画を描いて暮らしを立てた。ペン先が生んだ諧謔は、のちに彫刻刀へ持ち替えても消えなかった。

転機は1919年、第1回日本創作版画協会展だった。下絵から彫り、摺りまでをすべて自分の手でやり遂げる自画自刻自摺の運動に、千帆は恩地孝四郎や山本鼎と肩を並べて飛び込む。1931年の日本版画協会の創立にも名を連ねた。

その飄逸な眼がいちばんいきいきするのは、全国の湯場を訪ね歩いて摺り継いだ連作《浴泉譜》だろう。湯気にとろけた裸の背中、桶を抱えて首まで浸かる老人、板の間で足を拭く子ども――輪郭線を省いた素朴な色面とやわらかい線が、庶民のしぐさをからかいもせず、笑いのにおいだけを残してすくいとる。二十輯を数えたこの連作を、彼は戦況の傾いた1944年まで摺りつづけた。

雪国の裸祭りを刻んだ《浦佐の裸祭り》は、いまボストン美術館におさまっている。洋画でも新聞漫画でもなく、木の板の上でこそ、千帆の飄逸はいちばんくつろいで見えた。

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