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近衛信尹

近衛信尹

このえ のぶただKonoe Nobutada
6 Artworks

墨をたっぷり含んだ筆が、太く据わった線を紙の上へ押し進めていく。迷いはなく、字と字のあいだを勢いよく飛ぶ――近衛信尹(1565〜1614)の書を前にすると、まずこの筆圧につかまる。安土桃山から江戸のごく初めを生きた公家で、太政大臣近衛前久を父に持つ近衛家の当主。三藐院と号し、和歌にも連歌にも絵にも手を伸ばした。

家柄は申し分ない。元服の折、烏帽子親として加冠の役を務めたのは織田信長だった。書ははじめ青蓮院流を学んだが、そこにとどまらず、太く豪快な運筆で一派をなす。近衛流、あるいは三藐院流と呼ばれるその筆づかいで、本阿弥光悦・松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」に数えられる。連歌をともにした相手には、黒田孝高(官兵衛)の名もある。

転機は朝鮮出兵だった。文禄元年(1592年)、秀吉が海を越えて兵を出すと、公家の信尹までもが自ら渡海しようと肥前名護屋城まで下った。この振る舞いが後陽成天皇の勅勘を招き、勅書で押しとどめられ、やがて文禄3年(1594年)、薩摩国坊津へ三年の配流となる。都を遠く離れた地での日々は自筆の日記『三藐院記』に刻まれ、この配流を境に書風も変わっていったという。

慶長10年(1605年)、関白・氏長者に就くが翌年には辞し、慶長19年(1614年)、五十年の生を閉じた。和歌を書きつけた屏風など、その筆跡は東京国立博物館などに伝わる。

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