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狩野芳崖

狩野芳崖

かのう ほうがいKano Hogai
8 Artworks

長門国長府、御用絵師の家に生まれた。十九歳で江戸に出て木挽町狩野家の狩野勝川院に入門し、橋本雅邦と机を並べて腕を競った。狩野派の技法を徹底的に叩き込まれながらも、そこに安住しない目を持っていた画家である。

維新後、多くの絵師が食い扶持を失って転業するなか、芳崖もまた困窮の時代を過ごした。生活のために陶器の下絵や写真の彩色まで手がけたと伝わる。転機となったのは、日本美術の価値を見出したアメリカ人アーネスト・フェノロサとの出会いだった。フェノロサと岡倉天心の後押しを受け、芳崖は狩野派の骨法に西洋画の陰影や写実を取り込む実験に踏み出す。金泥や輪郭線に頼らず、絵具の重なりで奥行きと質感を出そうとするその試みは、当時の画壇には異端と映ったが、後の日本画(新しい意味でのニホンガ)の出発点となった。

代表作悲母観音は、死の直前まで筆を握り続けて完成させた渾身の一作である。天空に浮かぶ観音が瓶から乳白色のしずくを垂らし、それが赤子へと変じてゆく図様は、仏教図像でありながら西洋的な量感と光を宿し、東西の絵画観が一枚のなかでせめぎ合っている。芳崖はこの作品の完成からわずか数日後に世を去った。

生前に名声を確立したとは言い難いが、その画業は東京美術学校の設立へと結実し、橋本雅邦や横山大観、菱田春草らへと続く近代日本画の水脈の源となった。狩野派最後にして、日本画最初の画家——芳崖はその境界線そのものを生きた人だった。

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