
ジーノ・セヴェリーニ
Gino Severini
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トスカーナの小さな町コルトナに生まれ、ローマに出て絵を学んだ青年は、そこで運命的な出会いを果たす。ジャコモ・バッラの工房で、光を色の粒に分解して塗るディヴィジョニズムの技法を叩き込まれたのだ。この師から受け継いだ厳密な筆致は、セヴェリーニの生涯を貫く技術的な背骨になる。1906年にパリへ渡ると、モンマルトルでピカソやブラックと隣り合わせに暮らし、キュビスムの画面構成をいち早く自分の目で吸収した。一方で故国イタリアからはボッチョーニやカルラら未来派の仲間たちが接近してきて、1910年の未来派宣言に署名する。だがセヴェリーニの未来派は、機械や速度への熱狂というより、パリの夜そのものだった。カフェ・コンセールやダンスホールに通い詰め、回転するスカートやざわめく群衆の運動をキュビスムの断面とディヴィジョニズムの色点で同時に描き出す。《タバラン・バルの動的ヒエログリフ》はスパンコールまで貼り込んだ代表作で、光と音と身体の乱反射をカンヴァスの上に閉じ込めている。詩人ポール・フォールの娘ジャンヌと結婚し、義父を介して詩人や音楽家との交流も広がった。第一次大戦後は一転、未来派の熱を静め、均衡と秩序を重んじる新古典主義へと舵を切る。宗教建築のモザイクや壁画の仕事に力を注ぎ、静物や道化師を描く筆も穏やかさを増した。晩年には自伝『ある画家の全生涯』を著し、パリで没するまで、都市の律動を色に変換し続けた画家として名を残した。
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