
ジャコモ・バッラ
ジャコモ・バッラ(1871〜1958)は、《首輪でつながれた犬》で知られるイタリア未来派の画家である。犬や自動車の動きを絵にする一方、服や家具、自宅の装飾を手がけ、バレエ団のために踊り手の出ない舞台もつくった。
1871年、トリノに生まれた。9歳で父を亡くし、昼は石版画家のもとで働いて家計を支え、夜に勉強した。美術学校に通ったのは数か月だけで、画家仲間と交流しながら、ほぼ独学で腕を磨いた。1890年代にローマへ移り、挿絵や風刺画、肖像画を仕事にした。1900年にはパリに7か月滞在し、印象派や新印象派の作品に触れた。
ローマのアトリエには、若い画家のウンベルト・ボッチョーニとジーノ・セヴェリーニが集まった。バッラは二人に、色を細かく分けて置く描き方を教えた。光を分析していた画家は、やがて動きにも目を向ける。教え子の二人は、未来派でも仲間になった。
1910年、バッラは「未来派絵画技術宣言」に署名した。そこには、こんな一節がある。
「走っている馬の脚は4本ではなく20本だ」
1912年、シエナ近くのモンテプルチャーノで、教え子の伯爵夫人を訪ねた。そのときに描いたのが《首輪でつながれた犬》である。犬とリードを引く女性の脚の動きを繰り返し描き、運動の過程を一枚の絵に収めた。人や動物の動きを連続して撮影した写真の影響もうかがえる。その後は自動車レースの速度を主題に習作を重ね、つばめの羽の動きも単純な形に置き換えた。
実験は、服にも広がった。1914年の衣装の宣言では、くすんだ色や左右対称をやめ、明るい色と非対称の服を提案した。アップリケを使い、誰でも服の形を変えられる仕組みまで考えた。広く普及はしなかったが、未来派の仲間はその服や小物を制服のように身につけた。詩人のマリネッティは、小さいがとても色鮮やかなネクタイで、ひと目でバッラと分かったと書いている。
1915年には、画家のフォルトゥナート・デペーロとともに、鉄線や厚紙、ガラス、ブリキを使った立体を提案した。動いたり音を出したりして、子どもが笑って楽しめるものを目指した。
1917年には、ローマで上演されたストラヴィンスキーの音楽「花火」の舞台装置を担当した。制作はバレエ・リュスだが、踊り手は登場しない。動きを追ってきたバッラの仕事は、人が踊らない舞台にまで及んだ。
1930年代にはファシズムに接近した。また、未来派の中心人物マリネッティとの不和を経て、未来派の制作から離れていく。1937年には手紙で未来派の活動との決別を表明し、写実に戻る考えを示した。晩年は肖像画や静物画、風景画を描いた。
戦後、未来派時代の仕事が見直された。1949年のニューヨーク近代美術館の展覧会には、犬の絵も並んだ。1958年、ローマで86歳で没した。
日本では、広島県のふくやま美術館が未来派時代の作品をまとまって所蔵し、2021年に生誕150年の展覧会を開いた。
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