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エル・リシツキー

エル・リシツキー

El Lissitzky (Lazar Markovich Lissitzky)
5 Artworks

スモレンスク近郊の小さな町ポチノクに生まれたラーザリ・マルコヴィチ・リシツキーは、ユダヤ人であることを理由にロシア国内の美術学校への道を閉ざされ、ドイツのダルムシュタットで建築工学を学んだ。定規とコンパスを操る技師の手つきは、その後の仕事のどこにでも顔を出す。1919年、故郷に近いヴィテプスクの美術学校に招かれた彼は、そこでシャガールの後任として教壇に立っていたマレーヴィチの絶対主義に出会い、たちまち引き込まれる。二人が率いた集団ウノヴィスの旗印のもと、リシツキーは「プロウン」と名づけたシリーズに着手した——絵画でも建築でもない、宙に浮く幾何形態が画面を斜めに突き抜けていく、いわば「新しきものの肯定のための計画案」。同じ年に手がけたポスター赤い楔で白を打ては、白軍を赤い三角形が刺し貫く単純この上ない図で、革命の力学をそのまま形にしてみせた。1920年代はベルリンを拠点にヨーロッパを飛び回り、テオ・ファン・ドースブルフやクルト・シュヴィッタースと交わりながらデ・スティルやバウハウスに絶対主義の語彙を運び入れ、写真とタイポグラフィを大胆に組み合わせたフォトモンタージュや絵本声のためにの実験的な組版で、グラフィックデザインという分野そのものを塗り替えた。自画像建設者では、定規を握る自らの手のひらに目を重ね合わせている。晩年はモスクワに戻り、ケルンの国際見本市プレッサ展のソ連館をはじめ大規模な展示空間の演出に力を注ぎ、独ソ戦下では最後の力を振り絞ってプロパガンダポスターを描き続けた。1941年、長く患っていた結核により、モスクワで五十一歳の生涯を閉じた。

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