瑛
瑛九
えいきゅうEi-Q
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本名は杉田秀夫。宮崎県に生まれ、生来の強度近視という身体的なハンディを抱えながら、美術学校の枠に収まることなく独学で絵を学んだ。画壇の中心からは常に距離を置き、油彩、水彩、銅版画、リトグラフ、そしてカメラを使わずに感光紙に直接光を当てて像を結ぶ「フォトデッサン」まで、手当たり次第に技法を試した人だった。1936年に発表したフォトデッサンは、モノとモノの影が溶け合うような抽象的な光の像で、当時としてはきわめて先鋭的な仕事だった。
1937年には自由美術家協会の創立に参加するが、既存の団体展のあり方にも早々に飽き足らなくなり、1951年、居を構えていた浦和で版画をベースにしたデモクラート美術家協会を結成する。ここは肩書きも師弟関係も問わず、若い作り手が誰でも参加できる開かれた場で、瑛九自身は運動の中心にいながら決して権威づらしなかった。この磁場に引き寄せられた世代から靉嘔や池田満寿夫が育ち、写真家の細江英公も瑛九の仕事に強い刺激を受けたことを後年語っている。
晩年はキャンバスに無数の点を打ち重ねる点描的な油彩へと向かい、色と光の粒子だけで画面を成立させようとした。腎臓を病み、1960年に49歳で世を去るが、その死の直前まで手を止めることはなかった。生涯どの流派にも属さず、版画・写真・絵画の境界を軽々と越え続けた在野の実験者として、戦後日本の版画運動に決定的な足跡を残している。
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