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アレクサンドル・ロトチェンコ

アレクサンドル・ロトチェンコ

Alexander Rodchenko
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定規とコンパスで絵を描く画家、というのがロトチェンコの出発点だった。カザンの美術学校で妻となるワルワーラ・ステパーノワと出会い、革命前夜のモスクワに出てウラジーミル・タトリンの構成主義に触れる。1918年、キャンバスに黒い絵具を重ねただけの《黒の上の黒》を発表し、カジミール・マレーヴィチの《白の上の白》に真っ向から応じてみせた。絵画の役割はここで終わったと言わんばかりに、以後は絵筆を捨てて定規とコンパスとエアブラシへ向かう。1921年には赤・黄・青の三枚組《純色》を最後の絵画と位置づけ、「絵画は死んだ」と宣言してプロダクト・デザインへ転身する。

VKhUTEMASで教鞭を執りながら、家具、労働着、本の装丁、そして広告へと手を広げた。詩人ウラジーミル・マヤコフスキーと組んだ「ラボチエ・レクラーマ」の広告ポスターは、太いゴシック体の文字と幾何学形態を組み合わせ、国営商店モッセリプロムの宣伝からゴム乳首の広告まで、あらゆる商品を新しい視覚言語に変えてしまった。1924年の《本を!》に代表される、対角線構図と鋭いクローズアップを駆使したフォトモンタージュとポスターは、いま見ても古びない切れ味を持つ。

20年代後半からはカメラそのものを主戦場とし、雑誌『レフ』『ノーヴィ・レフ』の誌面で「異様な視点から撮れ」と説いた。見上げるアングルで捉えた《階段》、真上から見下ろす《朝食のテーブル》、旗を掲げる少女を仰角で切り取った《開拓少女》など、カメラを傾け、見慣れた光景を宙吊りにする手法は、のちのソ連写真、さらには世界中のグラフィックデザインに長く影響を残した。晩年は当局からフォルマリズムと批判され活動の場を狭められたが、絵画・広告・写真という三つの畑を次々に耕し、そのたびに前の自分を壊してみせた姿勢こそが、ロトチェンコという作家の核にある。

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