Publisher
滑稽堂(秋山武右衛門)
こっけいどう
滑稽堂(こっけいどう)は、秋山武右衛門が日本橋室町三丁目で営んだ、明治の版元。稗史小説の出版から始め、1883年(明治16年)に月岡芳年の三枚続を出して以来、芳年の錦絵を多く出し、最後の大作「月百姿」(1885〜92年)もこの店から出た。ほかに楊洲周延、水野年方、三代歌川広重らの作品を出し、明治の末ごろには小原古邨の花鳥画も出している。
Source: ja.wikipedia「秋山武右衛門」(2022-07-21 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/秋山武右衛門、ja.wikipedia「月百姿」(2026-05-06 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/月百姿、Lyon Collection(woodblockprints.org)「Akiyama Buemon (秋山武右衛門)」(Andreas Marks『Japanese Woodblock Prints: Artists, Publishers and Masterworks 1680-1900』の引用を含む、Wayback Machine 保存版、2026-10-11 取得) https://woodblockprints.org/index.php/Detail/entities/245、ja.wikipedia「小原古邨」(2026-06-22 版、2026-10-11 取得) https://ja.wikipedia.org/wiki/小原古邨
History
1882
- 確かめられる最初の出版が出た。このころから1886年まで、挿絵入りを含む多くの小説と、国周らの役者絵を出した。
1883
- 月岡芳年の三枚続「藤原保昌月下弄笛図」を出したのを機に、芳年との交流が始まり、以後、多くの芳年の錦絵を出した。
1885
- 10月、芳年の「月百姿」の最初の5点を出した。1892年4月まで、全100点を数点ずつ出し続けた。
1891
- 芳年が神経を患うと、入院の手配に力を尽くし、弟子の水野年方や右田年英と入院費の工面に努めた。
1893
- 水野年方の「三十六佳撰」(大判36枚揃)を出した。
1900
- 秋山武右衛門が没した。
1906
- このころから1912年ごろにかけて、大黒屋とともに小原古邨の花鳥画を出した。
People
- 店主 秋山武右衛門 1882–
滑稽庵五音と称して俳句も詠んだ。御金御用十人衆の手代だったといわれる。芳年の死後も、水野年方ら芳年の門人の作品を出した
- 小原古邨 41 works
























