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土田麦僊罰
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土田麦僊の《罰》は、罰として立たされた子どもたちを描き、若き麦僊の名を東京にも広めた作品である。明治41年(1908年)の第2回文展で三等賞を受賞した。当時の麦僊は満21歳。竹内栖鳳の画塾で学んでおり、京都市立絵画専門学校へ入学するのは翌年のことである。まだ修業中だった麦僊にとって、早くも評価を得た一作だった。
画面右下には「麦僲生」と署名されている。「僲」は「僊」の異体字で、「麦僊」の号は栖鳳に入門したときに授かったものだ。この絵は発表当時だけでなく、昭和53年(1978年)の「子供の情景」展など、子どもを主題とする近代絵画の展覧会にもたびたび出品されてきた。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Painting
- Technique
- 絹本着色・額
- Year Created
- 1908
- Dimensions
- 154.3 × 198.8 cm
Artist profile

土田麦僊
土田麦僊(つちだばくせん、1887〜1936)は、舞妓や草花を描き、西洋近代絵画と大和絵の伝統を結びつけようとした日本画家である。自分の画室には、所蔵するポール・セザンヌの絵を掛けて刺激を受け、芥子や朝顔は種から育てて写生を重ねた。西洋の絵画と身近な草花の両方に、制作の手がかりを求めていた。 明治20年(1887年)、佐渡の農家に生まれた。
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