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河鍋暁斎Wrestling Match from Sketch Album
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26の見開きからなる折本の画帖の一図で、クリーブランド美術館の目録では12番目にあたる。直前の三図は公家の放屁合戦、老人の放屁合戦、囲碁の座を乱す放屁で、直後は酒宴。滑稽な画題が並ぶなかに置かれている。
暁斎は天保8年(1837年)に歌川国芳へ入門した。国芳は門弟に、人が打ち、組み伏せ、投げ、投げられる姿をよく見ておけと説き、暁斎は画帖を手に一日じゅう長屋をまわって喧嘩を探したと伝えられる。のちに父の意向で狩野派へ移り、橋本雅邦が11、12年はかかると記した修業を9年で終えた。
画中に款も印もなく、相撲という題は美術館の読みによる。アンとアンソニーのドファイ夫妻が、館長エヴァン・ターナーに敬意を表して1991年に寄贈した。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Drawing
- Technique
- 紙本着色/画帖
- Year Created
- 1855–1889
Artist profile

河鍋暁斎
明治の東京で、筆の速さと引き出しの多さで暁斎に並ぶ絵師はいなかった。河鍋暁斎(1831〜1889)は下総古河に生まれ、数え七歳で歌川国芳の門を叩く。神田川で拾った生首を写生して周囲を仰天させた少年の逸話は、この絵師の本質——見たものは何でも描く——へ真っ直ぐつながっている。十歳で駿河台狩野派に移ると、師の前村洞和は彼を「画鬼」と呼んだ。
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