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グスタフ・クリムト医学
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ウィーン大学の大講堂の天井に掛けるはずだった「学部画」3点の一つで、残る2点は哲学と法学である。1894年に文部省が、クリムトとフランツ・マッチュに天井画を注文した。
下端の女性は健康の女神ヒュギエイアである。腕にアスクレピオスの蛇を巻き、忘却の川レーテーの水を入れた杯を持つ。蛇はその水を飲んでいる。右側に連なる半裸の人の列は生の流れを表し、その中の骸骨は死を表す。1901年3月の第10回分離派展で公開されると、裸体の描き方と、病と苦しみを救いなく描いたことが非難された。保守派の議員は文部大臣を批判し、下院でも質問が出た。
1905年、クリムトは実業家アウグスト・レーデラー夫妻の援助で前払い金を返し、絵を引き取った。3点はのちにインメンドルフ城に移され、1945年5月8日の火災で焼けた。残ったのは下絵と白黒写真、一部を写したカラー写真1枚だけで、この画像も白黒写真の複写である。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス(1945年焼失)
- Year Created
- 1901
- Dimensions
- 430 × 300 cm
Artist profile

グスタフ・クリムト
ウィーン郊外バウムガルテンの貧しい彫金師の家に生まれ、七人きょうだいの次男として育った。絵の才能は早くから明らかで、応用美術学校では歴史主義の装飾画で頭角を現し、弟エルンストや友人フランツ・マッチュと組んだ「芸術家商会」は劇場やブルク劇場の天井画で高い評価を得る。順風満帆に見えたキャリアは、しかし1890年代半ばに転機を迎える。
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