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フランツ・フォン・シュトゥック罪
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1893年7月、ミュンヘン分離派が第1回展を開いた。会の創立者の一人だったシュトゥックは、ここに《罪》を出品した(目録538番)。同じ年、この絵は個人の寄贈でノイエ・ピナコテークに入った。シュトゥックは1891年から1912年にかけて、構図のほとんど変わらない版を数多く描いた。この図はノイエ・ピナコテークの版である。
シュトゥックは、燃える目と白い胸の裸の女が誘惑し、そのすぐ脇で毒蛇が舌をちらつかせる、という覚え書きを残した。作家ハンス・カロッサは自伝的小説『美しき惑いの年』に、分離派の会場で《罪》を見た日のことを書いている。絵は幅の広い金の額縁に入り、専用の画架に載せてあった。見物人がその前に半円を作っていた。
額縁もシュトゥックの設計で、左右に溝彫りの半円柱を立てた小神殿の形をしている。台座には「DIE SUENDE」と題が彫られている。シュトゥックはのちに自邸のアトリエに、祭壇のような設えを作った。その祭壇画の位置には、別の版の《罪》が据えられた。
- Work Type
- Painting
- Year Created
- 1893
- Dimensions
- 94.5 × 59.5 cm
Artist profile

フランツ・フォン・シュトゥック
バイエルンの粉屋の息子として生まれ、ミュンヘンの美術学校で学んだシュトゥックは、絵筆だけでなく彫刻、版画、建築、さらには額縁の意匠にまで手を伸ばした万能型の画家だった。1892年にはミュンヘン分離派の設立に加わり、旧来のアカデミー絵画に反旗を翻す急先鋒となる。出世作は1893年の《罪》。
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