
歌川国芳Caricatures of Laughing Actors Scribbled on a Wall (Hakumensho kabe no mudagaki)
白壁を釘で引っ掻いたような線で、役者の顔が六つ描いてある。上段左は頬のこけた面長の男、右は白い手拭を肩に掛けた男。中段左は櫛と笄を挿した女方、右は肥った男が目を細めて笑う。下段は口を開けた男が二人で、右の一人は歯まで見せている。朱の仮名で「みんな」「わらつてゐる」「やうだ」「なるほど」「あいかはらづ」と書き散らし、左端に墨で「国よしゑがく」と署名がある。落款も落書きの一部にしてある。並ぶのは五代目沢村宗十郎、四代目大谷友右衛門、二代目尾上多見蔵、松本錦升、四代目尾上梅幸、四代目大谷広右衛門の似顔とされる。
天保の改革で、幕府は役者の似顔絵を禁じた。国芳は、壁の落書きを写しただけだという体裁をとって役者絵を出し続けた。先行する揃物《荷宝蔵壁のむだ書》は、題の「荷宝蔵」が「似たから」の地口になっている。本図はその趣向を引き継いだ別の揃物で、大判三枚続のうちの右図にあたる。
右下の丸い印も輪郭が震えていて、彫った版元印ではなく手で描いたものである。本物の印は、題簽の上に捺された名主二人の改印だけである。この双印の形式は弘化4年から嘉永5年(1847〜52年)まで使われた。三枚は右図・中図・左図で一組になる。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Technique
- 木版多色刷/大判三枚続の右図
- Year Created (image)
- 1848–1851
- Dimensions
- 35.3 × 24.8 cm
Artist profile

天保の江戸で「武者絵の国芳」の名を知らぬ者はいなかった。歌川国芳(1797〜1861)は日本橋の染物屋の子に生まれ、十五歳で初代歌川豊国に入門する。しかし兄弟子歌川国貞(三代目歌川豊国)の陰で十年以上鳴かず飛ばず——転機は文政10年(1827年)頃の《通俗水滸伝豪傑百八人之一個》だった。
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Caricatures of Laughing Actors Scribbled on a Wall (Hakumensho kabe no mudagaki)

1839
珍編金瓶梅 自画像

1834
Kintaro worstelend met karper Sakata Kaidomaro (titel op object), RP-P-1971-44

1842 · 木版多色刷
The Wife of Izumi no Saburo Tadahira, from the series Lives of Wise and Heroic Women (Kenjo reppu den)

1827–1830 · 木版多色刷/大判
