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楊斎延一『真書太閤記 本能寺焼討之図』、大判錦絵三枚続、明治26年
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楊斎延一の《真書太閤記 本能寺焼討之図》は、秀吉の一代記から本能寺の変を取り出した歴史画である。落款の「楊斎延一筆」の隣には「延重補助」とあり、延重が制作に手を貸したことが分かる。
題にある『真書太閤記』は、講談「太閤真顕記」をもとに編まれた豊臣秀吉の通俗的な一代記で、のちの芝居や小説にも題材を与えた。本能寺で織田信長が明智光秀に攻められて自刃し、そのあと秀吉が光秀を討つ。この絵の場面も、秀吉の生涯をたどる物語の一部である。版画を扱う古美術商の解説では、欄干に乗って槍を突き出す若者を森蘭丸、下の鎧武者を明智光秀とし、二人の一騎討ちと見ている。
左下の刊記には、明治26年(1893年)12月印刷、翌27年(1894年)1月発行とある。印刷と発行を担ったのは辻岡文助。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Technique
- 木版多色刷/大判三枚続
- Year Created (image)
- 1894
Artist profile

楊斎延一
明治の絵師・楊斎延一は、日清・日露戦争の浮世絵で名を上げた。《旅順砲台ニ我軍進撃之図》が売り出されたとき、旅順の陸戦はまだ始まっていなかった。戦況を知らせる絵に、起きていない戦いが描かれている。 師は浮世絵師の楊洲周延。姓は渡辺、のちに島田となり、名は次郎といった。明治20年(1887年)頃から作画を始め、美人画や風俗画を手がけた。
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