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月岡芳年Yoshino ni Shikuza hangan betsuri ga
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別れを決めても、源義経と静御前は何度も引き返した。月岡芳年の《芳野ニ静判官別離図》は、「義経記」が語る雪の吉野山での別れを描く。物語では、互いの姿が見えなくなると、山彦が響くほどに叫んだ。題の「芳野」は吉野、「判官(ほうがん)」は義経のことだ。
別れ際、兄の頼朝に追われる義経は、静に都へ帰るよう告げる。泣き伏す静に、朝夕に自分の顔を映してきた鏡を渡し、見るたびに義経を見ていると思ってほしいと言う。さらに秘蔵の鼓「初音」も贈った。義経の手の丸い物はその鏡とみられ、静の頭のそばにも鼓がある。
この図は明治19年(1886年)に出たが、この摺りの右下の枠には、明治25年(1892年)に印刷・出版したと記してある。ただし月と日は空欄で、芳年が同年6月に世を去る前に摺られたか、後に摺られたかは分からない。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Technique
- 木版多色刷(空摺・銀粉・ブロンズ粉)/大判三枚続
- Year Created (image)
- 1886
- Dimensions
- 35.6 × 70.5 cm
Artist profile

月岡芳年
月岡芳年(1839〜1892)は、芝居の残酷な場面を描いて「血みどろ絵師」と呼ばれた浮世絵師である。晩年には、月を題に歴史や物語を描いた「月百姿」や、「新形三十六怪撰」を手がけた。 江戸に生まれ、嘉永3年(1850年)、12歳で歌川国芳に弟子入りした。15歳で最初の挿絵と錦絵を発表する。
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