
Public domain
月岡芳年Zelfmoord van Saigyo Takamori
0
明治10年(1877年)9月24日、西南戦争に敗れた西郷隆盛は、鹿児島の城山で被弾し、別府晋介に首を打たせて自害した。この三枚続は、それとは違う最期を描いている。
右上の詞書によれば、西郷・桐野利秋らは延岡が落ちたあと日向の山中に退き、8月18日に江ノ嶽から官軍の囲みを破って鹿児島へ入った。その後、西郷は桐野・村田新八とともに港から舟で漕ぎ出したが、海軍の囲みが厳しく、覚悟を決めて腹を切ったという。末尾には「明治十年九月廿四日午前九時三十分」の日時があり、同県からの電報によると結ぶ。
左の洋式の艦隊は、この海軍の囲みと読める。芳年は「応需 大蘇芳年」と署名している。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Technique
- 木版多色摺・三枚続
- Year Created (image)
- 1877
- Dimensions
- 35.6 × 73.3 cm
Artist profile

月岡芳年
月岡芳年(1839〜1892)は、芝居の残酷な場面を描いて「血みどろ絵師」と呼ばれた浮世絵師である。晩年には、月を題に歴史や物語を描いた「月百姿」や、「新形三十六怪撰」を手がけた。 江戸に生まれ、嘉永3年(1850年)、12歳で歌川国芳に弟子入りした。15歳で最初の挿絵と錦絵を発表する。
View full profile







