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曾我蕭白Wild Horses
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同時代の画家と比べて荒い筆で、ほとんど即興のように見える。左の隻の上に「曾我蕭白図」の落款と朱印。
曾我蕭白(1730〜1781)は京都の商家に生まれた。20代の終わりと30代半ばに伊勢へ、30代に播磨へ移り、40歳を過ぎて京都に落ち着いた。「画を望まば我に乞うべし、絵図を求めんとならば円山主水(応挙)よかるべし」と言ったと伝えられる。絵が欲しければ自分に、図が欲しければ応挙に頼め、という意味である。
誇張した人物画で知られ、明治以後は長く顧みられなかった。1968年に始まる辻惟雄の「奇想の系譜」が若冲・国芳らとともに取り上げてから再評価が進んだ。作品の多くは海外にあり、この屏風はシカゴ美術館がサミュエル・ニッカーソン基金で購入した。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 紙本墨画/二曲一双屏風
- Dimensions
- 167 × 184 cm
Artist profile

曾我蕭白
京都の商家に生まれ、若くして絵師の道に入ったが、狩野派の流儀に馴染めなかったのか、早々に飛び出して独自の画風を鍛え上げた。師は高田敬輔と伝わるが、蕭白自身は室町の絵師・曾我蛇足の末裔を名乗り、狩野派とは異なる「曾我派」の正統を主張してみせた。この自己演出そのものが、すでに只者ではない。
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