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円山応挙氷図屏風
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二曲一隻、高さ60センチほどの低い屏風である。
応挙が33歳のときの屏風で、大英博物館の記録では、茶席で風炉の前に立てる屏風として使われたものと考えられている。描かれているのは張った氷にひびが入ったところだけで、岸も水もない。
円山応挙(1733〜1795)は写生帖を懐に持ち歩いて写生を重んじ、20代には覗き眼鏡で立体的に見える眼鏡絵を作って西洋の遠近法を学んだ。この屏風の氷の線も、遠くへ行くほど細く狭くなる。三井家や円満院門主の支援を受け、雪松図屏風(国宝)などを残して円山派の祖となった。この屏風はロンドンの大英博物館にある。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 紙本墨画・二曲一隻
- Year Created
- 1766
- Dimensions
- 60.5 × 182.1 cm
Artist profile

円山応挙
丹波国穴太村、貧しい農家の生まれ。少年の頃に京へ出て、狩野派の石田幽汀に絵を学んだが、応挙を後の応挙たらしめたのは狩野派の型ではなく、玩具商で扱っていた「眼鏡絵」の仕事だった。西洋の透視図法を使い、覗き眼鏡で覗くと奥行きが浮かび上がる細密な風景画。これを量産するうちに、応挙は物を型で描くのではなく、目に見えたとおりに描くという発想を体に叩き込んでいく。
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