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玉村方久斗White Plum
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玉村方久斗の《White Plum》にある草書の落款は「方久斗」と読む。1930年代のこの作品は、昭和5年(1930年)に方久斗社を興し、もっぱらこの号を使うようになった時期にあたる。それ以前の前衛運動では、本名の善之助を名乗っていた。
方久斗社を興したあとは、前衛とは違う方向の日本画を描き、生活の断片や生活感情を重んじた作品も手がけた。梅は以前から取り上げていた画題で、1924年には対幅の《紅梅・菊》を描いている。
梅は早春、葉より先に花を開く。「春告げ草」「好文木」などの別名を持つ。「梅」の一字で紅梅と区別して白梅を指すこともあり、「万葉集」に詠まれた梅はすべて白梅と解されている。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 紙本着色
- Year Created
- 1930–1939
- Dimensions
- 133 × 32.4 cm
Artist profile

玉村方久斗
院展で樗牛賞を受けた日本画家が、数年後には天井まで板を積み上げ、《タトリンまではヘヱラ・ヘラ・ヘラと昇りつめたり》と題して前衛の展覧会に出した。玉村方久斗(たまむらほくと、1893〜1951)は、洋画家が中心だった大正の前衛運動に、日本画の側から加わった画家である。 明治26年(1893年)、京都の下駄問屋に生まれた。本名は善之助。
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