
Public domain
歌川広重東海道五十三次(保永堂版) 43 桑名 七里渡口
0
宮(熱田)から桑名までの七里は東海道で唯一の海路で、旅人は舟で伊勢湾を渡った。その舟が着く桑名の湊を、帆の大きさで描く。
保永堂版『東海道五十三次』の一図。天保5年(1834年)頃、日本橋の保永堂(竹内孫八)が出した全55図の揃物で、初めは仙鶴堂との合版だった。広重が天保3年に幕府の八朔御馬献上の一行に加わって東海道を歩いたという通説があるが、『東海道名所図会』から構図を借りた図が多いことから疑う説もある。
Artist profile

歌川広重
雨、雪、夕靄——広重の画面には、いつも空気が満ちている。人はしばしば背を向け、傘の下に顔を隠し、宿場の辻を足早に通り過ぎる。名所を描きながら、その名所を主役にしなかったところに、この絵師の特異な眼があった。 歌川広重(1797〜1858)は、定火消同心・安藤源右衛門の子として、八代洲河岸の定火消屋敷に生まれた。
View full profileMore by 歌川広重

1856 · 木版多色刷/大判竪絵
Nihonbashi, Clearing After Snow

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
Kasumigaseki

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
Hibiya and Soto-Sakurada From Yamashita-Cho

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
Tsukudajima From Eitai Bridge

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
Ryogoku Ekoin and Moto-Yanagibashi Bridge

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
Hatsune Riding Grounds, Bakuro-cho

1858 · 木版多色刷/大判竪絵
Cotton-Goods Lane, Odenma-cho

1857 · 木版多色刷/大判竪絵
