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吉田博弘前城(青森)
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左端に「自摺」の印がある。
昭和10年(1935年)の「桜八題」の一図。桜だけで八図を組んだ揃物で、嵐山などとともに弘前城が選ばれた。吉田博(1876〜1950)は洋画家として出発し、1920年に版元の渡辺庄三郎と出会って木版画を始めたが、1923年の関東大震災で版画も版木もすべて焼失した。その後は自分の工房で彫師と摺師を使い、摺りを自ら監督した。それを示すのが「自摺」の印である。大判の作では数十度摺り重ねたものもある。
この摺りはボストン美術館にある。
- Work Type
- Technique
- 木版画
- Year Created (image)
- 1935
- Dimensions
- 40.5 × 27.3 cm
Artist profile

吉田博
「絵の鬼」と呼ばれた男は、山と海を描くためならどこへでも行った。吉田博(1876〜1950)は久留米に生まれ、洋画家として出発する。明治32年(1899年)、二十三歳で画料を懐に単身渡米し、デトロイトとボストンの美術館で水彩画展を開いて渡航費を稼ぎ出した——欧米画壇への売り込みを自力でやってのけた、最初の日本人画家の一人である。
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