期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%
高橋由一

高橋由一

たかはしゆいちTakahashi Yuichi
6 Artworks

一尾の鮭が、藁縄で吊るされたまま宙にぶら下がっている。身をよじった切り身の断面には脂が浮き、皮の縞模様まで指でなぞれそうな質感がある。鮭を初めて見た者は、たいてい絵の前で足を止める。江戸期の絵師たちが避けてきた「そのものらしさ」を、油絵具という新参の道具でここまで押し通した人間が、幕末の日本にいたという驚きがある。

高橋由一は江戸詰の武家に生まれ、幼くして刀よりも絵筆に惹かれた子どもだった。狩野派の画法を一通り学んだのち、蕃書調所で洋学と洋風画に触れ、川上冬崖の画塾に出入りして陰影法や遠近法を研究する。だが本や模写では埒が明かないと悟った由一は、横浜に暮らしていたイギリス人画家チャールズ・ワーグマンのもとへ通い、油彩の扱い方を一から叩き込まれた。すでに四十を過ぎていた男が、外国人画家の前で絵具の溶き方を習う姿は、当時としてはかなり異様な光景だったはずだ。

由一が追い求めたのは西洋画の様式そのものではなく、「見たままを写す」という一点だった。花魁では、当代随一と評判だった花魁・小稲を描いたが、あまりに生々しい写実にモデル本人が「もっと美しく」と難色を示したという話が伝わる。愛らしさより実在感を優先するその態度は、江戸絵画の美意識とは明らかに異なる回路から来ている。晩年には山形県令・三島通庸に招かれ、東北の道路や隧道の開削工事を記録する一連の風景画も手がけた。芸術というより測量図に近い仕事だが、由一にとっては「見えるものを正確に留める」という一貫した仕事だったのだろう。

私塾「天絵楼」を開いて後進の指導にもあたり、日本における洋画教育の土台を一人で切り開いた。フォンタネージ来日以降の工部美術学校世代とは異なり、由一の油彩は独学と体当たりの果てに掴み取ったものだ。鮭や豆腐のような身近な静物に注いだ執拗な観察眼こそが、この国の洋画がどこから始まったかを今も雄弁に語っている。

Own a work by Takahashi Yuichi?

List it for sale on Cugira.

List a work
6 works