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雪舟等楊

雪舟等楊

せっしゅうとうようSesshu Toyo
11 Artworks

備中赤浜、いまの岡山県総社市に生まれ、幼くして禅寺に入れられた。伝説では、絵ばかり描いて叱られ本堂の柱に縛られた少年が、涙で床に描いた鼠があまりに真に迫っていたため和尚が縄を解いたという。真偽はともかく、この逸話が語り継がれるほど、雪舟の筆は早くから人を驚かせていたのだろう。京の相国寺で修行し、周文に絵を学ぶ。禅僧としての位よりも絵師としての道を選び、やがて周防国、いまの山口に移って大内氏の庇護のもとに雲谷庵を構えた。

人生の転機は48歳のとき、遣明船に乗って明に渡ったことだった。寧波、北京を巡り、李在ら宮廷画院の画家に学び、中国の実景山水を自分の目で見た。帰国後に描いた《四季山水図巻》は、四十メートルを超える長大な画面に春夏秋冬を配し、乾いた筆致と余白の呼吸だけで大気と時間の移ろいを描き出す。切り立った岩肌を鋭い線で刻む画風は、南宋院体画、なかでも夏珪の筆法を土台にしながら、日本の風土に合わせて骨太に鍛え直したものだ。

晩年の天橋立図は実在の景勝地を大画面に写した現存最古級の実景図として知られ、破墨山水図では墨のにじみと余白だけで山水を立ち上げる境地に達している。旅を重ね、各地の大名や寺院からの依頼に応えながら、京都画壇とは距離を置いて山口を拠点に描き続けた生涯だった。没後、雲谷派や長谷川派など多くの画人が雪舟の後継を名乗り、その画風は江戸時代を通じて水墨画の規範であり続けた。

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