西村龍介
無数の点が、石の壁をつくり、水面をつくり、そのあいだを流れる大気までをつくっていく。西村龍介の描くヨーロッパの古城は、輪郭線でくくられていない。淡い色調の点を根気よく積み重ねていくと、いつしか城が立ち、堀が満ち、空が沈黙する——その静けさこそが、この画家の署名だった。
西村龍介は1920年、山口県小野田市に生まれた。本名は一男。出発点は油彩ではなく日本画だった。1938年に日本美術学校日本画科へ入り、太田聴雨、川崎小虎、矢沢弦月に学んでいる。いずれも近代日本画の実力者であり、線と余白でものを立ち上げる訓練を、西村は若い日に骨身に刻んだ。戦後は京都市立美術専門学校の研究科に進み、さらにデッサンを洋画家の林武に仰いだ。日本画の抒情と洋画の量塊——のちに西村の画面で溶け合うふたつの技法は、この師承の重なりからすでに芽生えていた。号「龍介」は、その転身とともに選ばれた名である。
画業を大きく動かしたのは、1964年の初渡欧だった。フランス、スペイン、イタリア、ベルギーをめぐるなかで、彼は古城、聖堂、そしてヴェネツィアの水辺と出会う。石造の建造物と、それを包む光と水。以後この主題を手放さず、1971年から1982年まではほぼ毎年ヨーロッパへ渡って写生を重ねた。点描という手法を選んだのは偶然ではない。輪郭で締めれば城は硬い記録になる。点で置けば、壁面に大気が溜まり、時間が滲む。西村の城は、実在の建物であると同時に、記憶のなかの城のようにやわらかく揺れている。
主な舞台は二科展だった。1954年の第39回展に初入選、1956年に特待、1957年に会友、1959年の第44回展で二科金賞を受け、翌1960年に会員となる。1968年に東郷青児賞、1971年には内閣総理大臣賞、そして1989年、「日本画と洋画の技法を巧みに融合した日本的詩情豊かな独自の油彩表現」として芸術選奨文部大臣賞を受けた。1979年には講談社から『西村龍介画集』が刊行され、銀座松屋の「森と城と水の詩情の世界」(1983年)、ハウステンボス美術館の「ヨーロッパ水辺の城」(2000年)など、水と城をめぐる個展が晩年まで続いた。
2000年に二科会を退会し、2005年、85歳で没した。日本画の筆を捨てて洋画へ渡りながら、彼はどちらの世界も捨てなかった。ヨーロッパの石の城に日本の詩情を宿らせた点描——その一点一点に、二つの伝統をまたいで生きた画家の呼吸が残っている。
Own a work by Ryusuke Nishimura?
List it for sale on Cugira.
No artworks found
