片岡公曠(かたおか こうこう)は、明治時代の神戸にいた四条派の画家で、橋本関雪の最初の師として名が残る。神戸の平野村に住み、関雪の父のもとへよく出入りしていた。関雪は少年のころに入門し、ほぼ毎日その家へ通って、翁から与えられた椿や梅の折枝の手本を習い、円山応挙や景文ら四条派の画家の粉本(絵の手本)を写した。関雪はのちに、師は当時すでに60歳を超えていたと思う、と振り返っている。入門の年は明治24年(1891年)とも明治28年(1895年)ともいわれ、名は「公曂」とも書かれる。
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