
鏑木清方
かぶらき きよかたKaburaki Kiyokata
0 Artworks
鏑木清方(1878〜1972)は、浮世絵の血脈を近代日本画として完成させた画家である。父は『やまと新聞』を興した条野採菊。十三歳で水野年方に入門し、新聞挿絵から画業を始めた。挿絵で鍛えた「物語を一枚に圧縮する」技術は、生涯の武器になる。
泉鏡花との結びつきは深い。『三枚続』『婦系図』など鏡花本の口絵・挿絵を数多く手がけ、明治の文学と絵画の蜜月をかたちにした。文展・帝展では《築地明石町》(1927年、帝国美術院賞)が決定打となる。イギリス巻きの髪、素足に下駄、朝霧の明石町に立つ女——明治の記憶そのものを一人の女性に凝縮したこの絵は、近代美人画の頂点とされ、長く所在不明だったが2018年に再発見されて東京国立近代美術館に収まった。
清方自身が最も愛したのは、展覧会の大作よりも、手元で眺める小さな絵——本人の言葉で「卓上芸術」——だった。市井の暮らし、寄席、湯屋、路地の子供。失われてゆく明治の東京を、清方は九十四年の生涯をかけて描き留め続けた。門下から伊東深水、川瀬巴水が出て、新版画の美人画と風景画の両輪がこの画室から転がり出したことになる。
※没年1972年のため著作権保護期間中(2042年まで)。当カタログには作品画像を収蔵していない。
Own a work by Kaburaki Kiyokata?
List it for sale on Cugira.
No artworks found
