若林奮
鉄の塊のどこかに、犬がいる。1967年の《中に犬・飛び方》、翌年の《犬から出る水蒸気》——若林奮が作品につけた題は、金属からは決して立ちのぼらないはずのものを名指していた。犬の体温、湯気、飛ぶという動き。硬く冷たい鉄や鉛を叩き、溶かし、積み上げながら、この彫刻家が生涯追いかけたのは、そうした手に触れられない気配のほうだった。
1936年、東京・町田の生まれ。1959年に東京藝術大学彫刻科を出ると、その年のうちに最初の個展を開いている。以後、雨や大気や地中の生命へ向かう題名が並ぶ。《100粒の雨滴》、《大気中の緑色に属するもの》、《地下のデイジー》。いずれも目に見えぬものを金属で受けとめようとする試みだ。彫刻と並行して銅版画にも打ち込み、生涯で七百点近くの版を刻んだ。
若林の思考の核にあったのが「振動尺」という奇妙な道具立てである。距離も時間も大気の震えも、既存の物差しでは測れない。ならば測るための器物そのものを彫刻としてつくればよい——《振動尺試作》(1977)や「所有・雰囲気・振動」のシリーズは、そんな発想から生まれた。鉄という素材を、感覚を測る目盛りへと鍛え直した。
1962年の二科展金賞、1969年の現代日本美術展での東京国立近代美術館賞に始まり、1980年と1986年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品。1987年には東京国立近代美術館で個展が組まれ京都へ巡回した。1996年に中原悌二郎賞、2003年には芸術選奨文部科学大臣賞。武蔵野美術大学と多摩美術大学で教壇に立ち、多くの後進を育てた。
晩年、東京・日の出町のゴミ処分場建設に反対するトラスト運動に加わり、予定地の一角に《緑の森の一角獣座》と名づけた作庭を築いた。彫刻を展示室から連れ出し、大地と草木のなかに置いた。2003年10月10日、67歳で没する。没後、2627点にのぼる作品が東京国立近代美術館へ寄贈された。
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