
井上安治
いのうえ やすじInoue Yasuji
5 Artworks
雨に濡れた万代橋を、蛇の目傘の人影がひとつ渡ってゆく――井上安治(1864〜1889)の東京真画名所図解 万代橋雨中は、輪郭線ではなく光の滲みで橋も雨も暮色も立ち上げてみせる。文明開化の東京を、明るすぎず騒がしすぎず、水気を帯びた薄明のなかに写しとった。これが安治の眼である。
元治元年、江戸浅草並木町(現在の雷門界隈)に生まれた。少年期にまず月岡芳年の門をくぐり、明治十一、二年頃、十四、五歳で小林清親に入門する。清親が西洋画の遠近と陰影を浮世絵に接ぎ木して編み出した新様式「光線画」――光と影の階調そのもので街景を組み立てる手法を、安治は師のもっとも忠実な継承者として受け継いだ。明治十三年、十七歳で横大判の光線画をもって世に出る。
彼の生涯を貫く仕事が東京真画名所図解である。四つ切判の小さな錦絵を明治十四年頃から死の年まで刷り継ぎ、百三十余図に及んだ。鎧橋の夜、吹上の釣橋、滝野川の紅葉――近代化してゆく東京の街角を、清親の文学的で情感的な光線画よりもさらに写実へ寄せ、西洋画的な観察眼で捉えた。上京者たちがこぞって買い求め、変わりゆく都のイメージを地方へ運んだ。明治十七年、版元・松木平吉から仕事を得た頃に「探景」の号を用いはじめる。
風景ばかりでなく、「教導立志基」への寄与や磐梯山噴火之図のような時事図も残した。だが明治二十二年九月、二十五歳で早世する。清親から安治へ、そしてのちの川瀬巴水ら新版画の抒情へと流れる光線画の系譜において、安治はその橋渡しを担った夭折の才である。作品は神奈川県立歴史博物館、山口県立萩美術館・浦上記念館、東京都立中央図書館などに収められている。
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