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フランソワ・リュード

フランソワ・リュード

François Rude
5 Artworks

パリのシャイヨー宮からエッフェル塔を望むと、凱旋門の壁面から今にも飛び出しそうな一群の彫像が目に入る。翼を広げた女神が剣を掲げ、その足元で兵士たちが雄叫びをあげるラ・マルセイエーズ(義勇軍の出発)。フランソワ・リュードの名を不朽にしたこの群像は、静止した石でありながら風を孕んで動いている。

リュードはブルゴーニュの町ディジョンで、鋳掛屋の息子として生まれた。少年時代は父の仕事場で金属を扱い、手を動かすことを覚えた。やがてデッサンの才を認められ、ディジョンの美術学校を経てパリへ出ると、ピエール=カルトリエのもとで学び、1812年にはローマ賞を得てイタリアに渡る機会を得る。しかしナポレオン没落とブルボン王政復古の激動のなかで、王党派を嫌ったリュードはベルギーへ亡命し、10年以上をブリュッセルで過ごした。この亡命生活が、後年の彼の彫刻に漂う反骨と情熱の芯を作ったと言っていい。

七月革命を経て王政が緩んだ1827年、リュードはパリに戻る。そして1833年、凱旋門の装飾彫刻の依頼が舞い込んだ。与えられた主題は1792年の義勇兵の出陣だったが、リュードはこれを寓意化し、古代の甲冑をまとった戦士たちと、翼を持つ「祖国」の女神を組ませた。躍動する筋肉、開いた口、前へ傾ぐ身体――新古典主義の均整を保ちながら、そこにロマン主義の熱と叫びを吹き込んだこの作品は、完成するや群衆の喝采を浴び、以後「ラ・マルセイエーズ」の通称で呼ばれるようになった。

もう一つの代表作が、故郷ディジョンに近いフィクサン村に作られた目覚めるナポレオンである。永遠の霊廟に眠りながら片肘をつき、頭をもたげて包帯を解こうとする皇帝の姿は、栄光よりも痛みを、勝利よりも悲哀を語る。リュード自身がボナパルティストであり続けたことがそのまま形になったような、私的な祈りに近い作品だ。

弟子にはジャン=バティスト・カルポーがいる。カルポーが後にオペラ座を飾る《ダンス》で見せる奔放な動勢は、師リュードが凱旋門で切り拓いた「石に呼吸をさせる」彫刻観を確かに受け継いでいる。新古典主義の秩序からロマン主義の激情へ、そして次の世代の彫刻へ――リュードはその橋渡しに立った彫刻家だった。

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