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エミール・ノルデ

エミール・ノルデ

Emil Nolde
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本名ハンス・エミール・ハンセン。ドイツとデンマークの国境地帯、ノルデ村の農家に生まれ、のちにその村名を画号とした。木彫や家具デザインの職人として身を立て、スイスのザンクト・ガレン工芸学校で教鞭を執っていた頃、山岳画の絵はがきが好評を博したことをきっかけに画家を志す。ミュンヘンやパリのアカデミー・ジュリアンで学び、印象派の光を吸収しながらも、やがてその穏やかさに飽き足らなくなっていく。

1906年、シュミット=ロットルフらの招きで前衛集団ブリュッケに加わるが、共同制作の空気になじめず一年半で離脱、以後は孤高の道を歩んだ。原色をぶつけ合うような荒々しい筆致と、宗教画への傾倒が彼の核をなす。《最後の晩餐》をはじめとする《キリストの生涯》連作は、稚拙とすら評されかねない粗い造形に、烈しい信仰の熱を宿している。ベルリンの民族学博物館でアフリカやオセアニアの仮面に出会ったことも大きな転機となり、1913年には調査団に加わって南太平洋・ニューギニアへ渡った。そこで見た土地の色彩と生活は、彼の絵の奥底に生涯残り続けた。

花や海景を描いた水彩にも独自の境地がある。紙に水を含ませ、絵具がにじみ広がるにまかせる手法で、罌粟や向日葵が炎のように燃え立つ。

皮肉なことに、ナチス党員でもあった彼の作品は「退廃芸術」の烙印を押され、千点以上が没収、1941年には制作禁止(マールフェアボート)を言い渡される。それでも北ドイツ・ゼービュルの自邸で、絵具の匂いすら憚りながら小さな水彩を描き続けた――のちに「描かれざる絵」と呼ばれる数百点である。妻アーダを1946年に亡くし、戦後まもなく再婚。1956年、ゼービュルで没した。同地の旧居は現在ノルデ財団の美術館として公開されている。

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