鈴木春信の《雪中相合傘》。雪の中を、黒い着物の男と白い着物の女が、一本の傘の下を歩いている。
女の着物は、この写真では無地に見える。実物は違う。手に取って光を斜めから当てると、白い地に菱形の模様が浮かび上がる。絵具は一切のっていない。紙の表面の凹みだけで、模様ができている。
均一な光で撮った図版には写らない。光を斜めから当てて撮れば、写る。
隣の男の黒い着物にも、細い網目の模様が入っている。こちらはもっと見えにくく、光を工夫して撮っても、ほとんど写らない。
浮世絵には、写真に写らないものがある。
月は紙の色
浮世絵は凸版である。版木の出っ張った部分に絵具をのせ、紙を置き、裏からばれんでこする。線や色のついた部分は圧がかかって紙がわずかに沈む。何も摺られていない部分は、紙の肌がそのまま残る。
広重の夜景に浮かぶ満月は、絵具の白ではなく、紙の白である。
藍を摺った夜空の中で、月の形の部分だけ圧がかからない。だから月は、ごくわずかに浮き出ている。画像では平らに見えるが、指で触れば、繊維の状態の違いが分かる。
月に輪郭線はない。夜空の藍との境だけで、丸が立っている。
雪も同じ理屈である。《浅草金龍山》の屋根に積もる雪は、紙の肌地そのままだ。
絵具をつけずに摺る
段差をわざと作る技法が二つある。
一つは空摺(からずり)。版木に模様を彫り、絵具をつけずに紙を置いて、裏から強く摺る。紙の表面が、模様の形に凹む。春信の白い着物の菱形は、これで摺られている。いまの言葉でいえば、デボス加工である。
もう一つはきめ出し。版木の凹んだ部分に紙を押し当て、刷毛などで叩いて表面を隆起させる。こちらはエンボス加工にあたる。《雪中相合傘》の雪道に浮き上がっている筋が、それである。
空摺の仲間に布目摺(ぬのめずり)もある。版木に紗や絽を貼って摺り、布の織り目を紙に写す。広重の《名所江戸百景 馬喰町初音の馬場》では、吊るされた白い布に布目が写し取られていて、近づくと織り目がうっすら見える。
どれも紙に負担をかける。厚みのある上質な紙でなければ耐えられず、高値で売れる有名絵師の作品に限って使われた。
もともと浮世絵は、手に取って、至近距離で見るものだった。手の中で傾けると、光の加減で模様が浮かび、また消える。
真っ黒に見える着物
空摺よりさらに写真に写らないのが、正面摺(しょうめんずり)である。
2015年、太田記念美術館で「錦絵誕生250年記念 線と色の超絶技巧」という展覧会が開かれた。彫師と摺師の技に絞った展示で、そこに月岡芳年の《月百姿 名月や来て見よがしのひたい際 深見自休》が出ていた。一見では真っ黒に見える衣の部分が、角度を変えると市松模様になる。
手順はこうだ。まず地の色を摺る。次に、摺り上がった色面に合わせて模様を彫った「正面板」を別に作る。その板の上に、摺り上がった紙を表を上にして置き、ばれんや堅いへらでこする。
普通の摺りは紙の裏をこする。これは表をこする。こすられた部分だけに艶が出て、光の角度によって模様が見えたり消えたりする。光沢が出るので、つや摺とも呼ぶ。
黒い着物の上に、黒い模様。正面から見れば、ただの黒である。
同じ考えの技法に艶墨(つやずみ)がある。髪や綸子の帯を摺るとき、礬水や姫糊を混ぜた墨を二度三度と摺り重ねて艶を出す。大首絵の黒髪が、まわりの黒と違って光っていることがある。それである。
大阪の上方浮世絵館では、摺りの技巧を確かめるために、スマホのライトで照らして見ることが許されている。ガラス越しでも、光を動かせば見える。
ぼかしは一つではない
ぼかしは写真に写る。写るのだが、種類があることは、写真からは読めない。
画面の上端を、まっすぐ水平に暗くしてあるのが一文字ぼかし。上端に置くので、天ぼかしともいう。この一本の帯が、天候と時刻を決める。藍なら晴れた昼。朱なら秋か、朝焼けか、夕刻。墨なら冬、雪、雨、夜。《大はしあたけの夕立》の上端は黒い。夕立の空は、それで足りる。
摺り方は、彫っていない版木を濡らした布で拭き、その上に絵具をのせて、水ににじんだところを摺り取る。これが拭きぼかしで、広重の空によく使われている。霧吹きで絵具を吹きつける吹きぼかしもある。
もう一つ、当てなしぼかしというものがある。版木に水を垂らし、そこに絵具を含ませて摺る。にじみは版木の上で勝手に広がるので、形は毎回変わる。当てが無いから、当てなし。
月に黒い霧がかかっている。この霧が当てなしぼかしで、この図版の霧の形は、この一枚だけの形である。別の一枚では、霧は別の形をしている。
写真のぼかしは、何枚も摺られたうちの一枚を写したものにすぎない。
一ミリに三本
ここまでは摺師の話だった。彫師の話を一つだけする。
美人画の生え際を拡大すると、髪が一本ずつ彫り分けてある。
歌麿の《五人美人愛敬競 兵庫屋花妻》、寛政7〜8年(1795〜96年)頃の作。その生え際に物差しを当てると、1ミリの間に2〜3本の線がある。凸版だから、彫師は髪の毛の線を残して、その両側を彫らなければならない。0.1ミリ単位の作業になる。
しかも、絵師の下絵に髪の細い線は描かれていなかった。大体のあたりがあるだけで、生え際をどう表すかは、彫師が考えながら彫った。
この作業を毛割(けわり)と呼ぶ。櫛目が残っているように見せる八重毛と、一本ずつ彫る通し毛がある。彫師の中でも親方格の者だけが担当し、頭彫(かしらぼり)と呼ばれた。
幕末の一枚も計られている。歌川国貞《東海道五十三次之内 白須賀 猫塚》、嘉永5年(1852年)。役者の似顔で東海道五十三次を見立てた連作の一枚で、白須賀に当てられたのは猫塚の猫婆。白い髪が逆立っている。生え際は1ミリに2〜3本で、しかも歌麿より線が長い。
彫ったのは小泉巳之吉、通称「彫巳の」。このとき18歳だった。石井研堂の『錦絵の彫と摺』に、彼より1歳年下の彫師の証言が残っている。
役者東海道五十三次(豊国筆)の白須賀の猫婆を彫つたのは、巳の、十八の時だつた、あの猫婆の長い髪の毛が、ちやんと毛筋が通り、本はこまかで末広がり、しかもフワリとして一本も乱れて居ない手際、あの百枚余りの続き絵の中、第一等の出来で、当時大に評判されたものだつた
同じ彫巳のの《原 呉服屋重兵衛》では、1ミリに最大4本の線が入っている。
図版で見れば、髪は黒い面である。展示室で目を近づけて、はじめて線になる。
光る背景
写真に写らないものが、もう一つある。雲母(きら)だ。
雲母の粉を膠で摺ったものを雲母摺(きらずり)という。地に墨を敷けば黒雲母、紅なら紅雲母、何も敷かなければ白雲母。写楽の役者絵の背景は黒雲母で、歌麿の《当時三美人》の背景は白雲母である。
雲母は鉱物で、細かな粒が光を反射する。見る角度によって、背景が鈍く光ったり、ただの灰色に戻ったりする。写真は一つの角度しか持たない。だから写真の雲母は、いつも同じ明るさをしている。
写楽の背景は、この図版では灰色に見える。雲母の光は、写っていない。
そば一杯の値段で買えた絵
いまは美術館のガラスケースに収まっている浮世絵も、江戸の町では気軽に買える品だった。
錦絵を売っていたのは、絵草紙屋と呼ばれる店である。普通の一枚なら、値段はそば一杯ほど。吉田藩の儒学者・山本恕軒の日記『己未東遊記草』(安政6年=1859年)には、一枚24文と書きとめられている。
上野広小路にあった絵草紙屋、魚栄の店先を描いた一枚である。暖簾には「東錦絵」と大きく染め抜かれ、奥の壁には役者絵や武者絵がすき間なく掛けてある。床に広げた錦絵の中から、女の子が一枚を手に取って眺めている。左端の貼り紙に見える「名所江戸百景」は、この記事で見た《大はしあたけの夕立》の揃物で、それを売り出していたのがこの魚栄だった。
人気者を描いた役者絵や美人画は、いまでいうブロマイドやポスターのようなものだった。役者絵なら、その役者が出ている芝居の上演中によく売れ、店先の目立つところに並べられたという。
毛割のところで見た歌麿の《当時三美人》も、そうした一枚である。右に描かれた難波屋おきたは、浅草寺の随身門近くにあった水茶屋の看板娘で、その人気で境内のほかの水茶屋まで繁盛したと伝わる。この絵を出したのは、歌麿や写楽を世に送り出した版元、蔦屋重三郎(1750〜97)。2025年の大河ドラマ『べらぼう』の主人公である。写楽の《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》も、蔦屋から売り出された。
買った絵は、手元に置いて楽しんだ。式亭三馬の『浮世風呂』には、湯屋の脱衣所で子どもたちが役者絵をやりとりし、その出来ばえを評し合う場面がある。部屋の壁や柱、襖に貼って飾ることもあったという。
春画は「笑い絵」とも呼ばれ、こっそり眺めるだけのものでもなかった。春画研究者の石上阿希は『へんてこな春画』で、春画を題材にした双六やかるた、着せ替え人形を「みんなで楽しむ春画」として紹介している。
ガラス越しに楽しむ
いま、こうした浮世絵の多くは美術館のガラスの向こうにある。それでも、見方を少し工夫すれば、楽しみはぐっと広がる。
展示ケースの前で身をかがめたり、立つ位置をずらしたりしてみる。見え方が変わって、雲母の光や空摺の凹みが浮かんでくることがある。毛割のような細部を追うなら、単眼鏡があると心強い。上方浮世絵館のように、スマホのライトで照らして見ることを認めている館もある。手に取って傾けてみたければ、復刻版を選ぶ手もある。
画面の隅に目をやるのもおすすめだ。嘉永年間(1848〜54年)ごろから、絵師や版元の名と並んで、彫師の名が摺り込まれることが増えた。《深見自休》には彫師・野口円活の名があり、《白須賀 猫塚》の右端には「彫巳の」の印がある。
もとは、そば一杯ほどの値段で町の人々が買い求め、手に取って楽しんだ絵である。美術館で出会ったら、少し角度を変えながら、じっくり眺めてみてほしい。
出典
- アダチ版画研究所「浮世絵の技・What's that? 〜和紙②〜」『北斎今昔』2022年5月26日
- 太田記念美術館 note「空摺はどのように制作するのか、現代の職人さんに聞いてみた」「浮世絵版画の彫師のスゴ技を計測してみた。」
- インターネットミュージアム「錦絵誕生250年記念 線と色の超絶技巧」展レポート(太田記念美術館)、2015年
- 刀剣ワールド浮世絵「浮世絵の技法」
- 版画ネット(阿部出版)版画用語辞典「正面摺り」「拭きぼかし」
- 古典版画 東洲斎「浮世絵用語集」
- 岩下書店「浮世絵は、一文字ぼかしにも注目して見ると面白い」
- 坂本裕子「江戸木版画を愉しむ(後編)」美術展ナビ、2025年6月5日
- 東風「体験してわかる、摺の凄さ②」note(上方浮世絵館訪問記)
- 国立国会図書館 電子展示会「錦絵でたのしむ江戸の名所」コラム「錦絵の製造と販売」
- 国立国会図書館「本の万華鏡 第34回 推し活狂想曲」
- 文化デジタルライブラリー(日本芸術文化振興会)「ファンと錦絵」
- アドミュージアム東京 コレクション解説「今様見立士農工商 商人」
- 東京国立博物館 特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」2025年
- 石上阿希『へんてこな春画』青幻舎
- アダチ版画研究所「浮世絵のある暮らし 住まいのプロに聞く!」『北斎今昔』
注
- 作品データはシカゴ美術館、メトロポリタン美術館、トレド美術館、アムステルダム国立美術館、ロサンゼルス郡立美術館、国立国会図書館の各所蔵記録による。
Images
- 鈴木春信《Lovers Beneath an Umbrella in the Snow》 — Public domain / Wikimedia Commons, Art Institute of ChicagoSource
- 歌川広重《名所江戸百景 猿わか町よるの景》 — Public domain / Wikimedia Commons, National Diet Library Digital Collections: Persistent ID 1303296Source
- 月岡芳年《月百姿 名月や来て見よがしのひたい際 深見自休》 — CC0 / Wikimedia CommonsSource
- 歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》 — Public domain / Wikimedia CommonsSource
- 月岡芳年《Fujiwara no Yasumasa Playing the Flute by Moonlight》 — Public domain / Wikimedia CommonsSource
- 喜多川歌麿《当時三美人》 — Public domain / Wikimedia CommonsSource
- 歌川国貞(三代目歌川豊国)《東海道五十三次之内 白須賀 猫塚》 — Public domain / Wikimedia Commons, National Diet Library Digital Collections: Persistent ID 1305341Source
- 東洲斎写楽《The actor Otani Oniji III as Edobei》 — CC0 / Art Institute of Chicago, Clarence Buckingham CollectionSource
- 歌川国貞(三代目歌川豊国)《今様見立士農工商 商人》 — パブリックドメイン(国立国会図書館デジタルコレクション) / 国立国会図書館デジタルコレクションSource
