月岡芳年(つきおかよしとし)の皇国二十四功(こうこくにじゅうしこう)には、歴史上の人物に交じって、浄瑠璃や歌舞伎で知られた人物も登場する。
岩藤を討ったお初
お初は、浄瑠璃・歌舞伎《加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)》に登場する、尾上(おのえ)の召使いである。「加賀見山」は「鏡山」と書かれることもある。
町人の家に生まれた尾上は、御殿で中老を務めていた。実直な人柄で姫から信頼されていたが、古株の局・岩藤(いわふじ)は、そんな尾上を疎んでいた。
岩藤は仲間とお家乗っ取りを企て、家の宝である香木を盗んだ罪を尾上になすりつける。さらに大勢の前で尾上を盗人と罵り、草履で打って辱めた。
尾上は岩藤に打たれた草履と書き置きを文箱に入れ、故郷の母へ届けるようお初に命じる。使いの途中で文箱の中身を見たお初は、主人が死ぬつもりだと気づき、急いで引き返した。しかし、尾上はすでに自害した後だった。
主人の無念を晴らすため、お初は岩藤のもとへ向かう。雨の降る深夜、尾上を打った草履を「頭痛に効く薬」と称して岩藤の頭へ載せ、怒った岩藤と争いになった。最後はお初が岩藤を討ち、主人の仇を取る。
芳年が皇国二十四功に描いたのは、岩藤を討った後のお初である。
お初は抜き身の刀を持ち、尾上を辱めた草履を刀身に当てている。背後には争いで大きく破れた傘が残り、雨の中を桜の花びらが舞っている。お初は顔を上げ、落ちていく花を見つめている。
仇を討った喜びを表すような姿ではない。雨に散る桜を見ながら、亡くなった主人を思っているようにも見える。のちにお初は尾上の名を継ぎ、二代目尾上となった。
六助を仇と思い込んだお園
毛谷邨の農六助は、歌舞伎 毛谷村の一場面である。
毛谷村六助(けやむらろくすけ)は、剣術家・吉岡一味斎(よしおかいちみさい)の弟子で、その娘お園(その)の許婚だった。一味斎が殺されると、お園は父の仇を探して旅に出る。
一方の六助は、事情を知らないまま毛谷村で暮らしていた。ある日、身寄りを失った幼い弥三松(やそまつ)を引き取り、家で世話をしていた。
そこへ虚無僧姿のお園が現れる。お園は六助を敵の仲間だと思い込み、背後から刃物を振り上げた。
芳年の絵では、六助は床に座り、弥三松をあやすための玩具の太鼓を手にしている。その後ろでは、お園が今にも斬りかかろうとしている。
ところが弥三松は、お園の姿を見ると「おばさま」と呼んで手を伸ばした。弥三松は、お園の亡くなった妹の子だったのである。
その一言をきっかけに話が止まり、六助が父の弟子で、自分の許婚だったことも分かる。お園は六助を敵と取り違えていたのだ。
お初は主人の仇を討ち、六助は仇と間違われた。お初の絵には、仇討ちの後に残る悲しみがあり、六助の絵では、弥三松の一言が振り下ろされるはずだった刃を止めている。

月岡芳年
Tsukioka Yoshitoshi
1839–1892
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- 月岡芳年《皇国二十四功 尾上の召使お初》 — パブリックドメイン(国立国会図書館デジタルコレクション) / 国立国会図書館デジタルコレクションSource
